先日、リスドォルミツのことをここで書いたけれど、その後、このお店は閉店してしまった。廃業ではないけれど無期限休業といったところだろうか・・・。
廣瀬店長が、放射能に汚染されていない良い材料を見つけられなくなった。このままでは知らぬ間に加害者になってしまうこともある。と、言って店を閉めてしまったのだ。あの時、ここで書いたときに買ったパンが最後になってしまった。廣瀬店長の言うことは尤もだ。自分としてもなにも言いようがない。
とにかく、良い材料が見つかって営業を再開してもらうことを祈るだけだ。
東北の震災以来、台風などの自然災害でいろいろな人たちが被害を被っている。なんだかこころが曇る一年だ。
先日、行方がわからなくなっていたJR北海道の社長が小樽の沖で遺体で見つかった。僕は個人的にも何もこの人とはまったく関係がない。だが、北海道は石狩のハマに遺留品を残して行方不明になっているというニュースを見て、できれば生きていて欲しい、死んで欲しくないと、どういうわけか思っていた。なぜだろう。僕は自殺をする人間を許さない。そんな逃避を許さない人間だ。でも、このニュースを見たとき、なぜだろう、生きていて欲しいと強く思ったのだ・・・。
実は、僕は北海道の出身だが、函館という港町で生まれたせいか、辛いこと、哀しいこと、何かに行き詰まったときは海を見に行く。札幌で仕事をしていたときは、この石狩のハマにも行った。石狩浜は整備された海水浴場でもないし、どちらかというと物悲しく、砂浜には草が生い茂って寂しげである。でも、そこをウロウロとしているうちに、色々なことの整理がついてゆっくりと札幌市内まで戻る間には落ち着きを取り戻して、また前向きに生きることができた。
JR北海道の中島社長は、そんな僕なんかには及びもつかないものを背負っていたのだろう。石勝線での列車脱線火災事故を初めとするいろいろな不祥事があって、その対応に奔走していた。だが、そんなことは経営者としては当然のことだ、けっして中島社長一人が一命を以って償うようなことではない。
中島社長は雑草交じりの砂浜をどんな思いで歩いただろうか・・・。
JRは民営化、不況でのリストラなどが原因で組織に大変な歪が生じている。いまのJRでは、40代の社員がほとんど居ない。そういう組織は、結局、経験の移行ができない。50代と30代の社員ではなかなかうまくコミュニケーションを取れないからだ。JR福知山線の脱線事故も結局ここに原因がある。うまくコミュニケーションが取れない結果、コミュニケーション手段が精神論に傾いていく。「文句言わずに言うことだけ聞いてればいい」「教えてくれないからわからない」「根性がなってないから出来ないんだ!」結局、JR西日本では日勤教育というまったく運転の技能とは無関係の草むしり作業のような懲罰作業のような無意味なことを実施していた。そんなことで社員の技能やモチベーションは改善されるわけがない。どっかの無能なバカが精神論に基づいておこなった結果だ。
様々なことの不幸な要因がいろいろな事件や事故となって表面化したのだ。そして、形だけでもそれを落とす何かしらのセレモニーが求められる。社長の辞任とか、そして社長の自殺・・・。
僕はあの石狩浜の風景を忘れない。
僕はあの砂浜の悲しい風景こそが、僕の生きる勇気なのだと思っている。
中島社長、なんの関わりもない僕の意見なんか聞きたくも無いだろうけど、死んでしまってほんとに残念だと思ってる。とにかくゆっくり休んでください。